【登彌神社】(とみじんじゃ)奈良市石木町
【登彌神社】(とみじんじゃ)奈良市石木町 式内社として天神地祇二十二柱を奉祀し、「木嶋大明神」(このしまだいみょうじん)と称されています。 木島大明神、鳥見明神とも呼ばれる神社の歴史は大変古く、延喜式の式内社ともなっています。なおその創建の由来は、神話時代の人物である「登美連」が祖先であり、神武天... 続きをみる
神社が好きで関西を中心に廻っています。kazu1000のブログ記事が満杯になりましたので、このkazu2000より引き続き投稿致します。
【登彌神社】(とみじんじゃ)奈良市石木町 式内社として天神地祇二十二柱を奉祀し、「木嶋大明神」(このしまだいみょうじん)と称されています。 木島大明神、鳥見明神とも呼ばれる神社の歴史は大変古く、延喜式の式内社ともなっています。なおその創建の由来は、神話時代の人物である「登美連」が祖先であり、神武天... 続きをみる
【鏡玉神社】(かがみたまじんじゃ)奈良県奈良市佐紀町 住宅街にひっそりと鎮座する神社です。 鏡玉神社様の御由緒のようです。 住所:奈良県奈良市佐紀町2958 アクセス: 近鉄京都線「平城駅」から直線約1.07km(徒歩約25分) 大和西大寺駅 から1.3km(徒歩約16分) 御祭神 倭大物主... 続きをみる
奈良の佐紀古墳群の中では中規模の古墳になります。 一般的に大型の前方後円墳は陵墓へ立ち入る事はできませんが、この古墳は自由に墳丘に登ることができます。また、本古墳は国の史跡に指定されています。 ●墳丘:前方後円墳(全長96m、後円部径60m ,高さ10m ,前方部幅45m 、高さ約7m)、前方部を... 続きをみる
創建は平安時代頃、式内佐紀神社(奈良市佐紀町字亀畑)の末社・市杵島姫神社として、創建されました。当時の御祭神は市杵島姫命。 室町時代、戦国時代と、戦火に遭い消失。江戸時代初頭に、市杵島姫神社が再建とともに、佐紀神社の祭神の六御県命、経津主命の2神を「釣殿神」として合祀し、天児屋根命をも合祀。市杵島... 続きをみる
【佐紀神社】(さきじんじゃ)「西畑」は、奈良県奈良市佐紀町(さきちょう)小字西畑にある神社。旧社格は村社。 変遷は明らかではないが、江戸時代に亀畑の佐紀神社より分祀されたものであろうと伝わる。 佐紀西町(旧西畑村)の氏神であり、氏子地域は、神社西側の佐紀町字西畑である。 上六人衆、下六... 続きをみる
【佐紀神社】(さきじんじゃ)「亀畑」奈良市佐紀町1716 【佐紀神社】(さきじんじゃ)「亀畑」は、平城宮跡の北側の「佐紀町」の集落の端に位置する神社。 その歴史は「式内社」であるとされているなど大変古いもので、かつて周辺にあった寺院「超昇寺(ちょうしょうじ)」の創建と同じ時期、奈良時代以前の天武天... 続きをみる
「楠地蔵さん」の愛称で呼ばれている【楠地蔵尊】は大和郡山市小泉町の県道9号線と123号線の交差点、小泉橋信号付近にあります。 また、この楠地蔵尊のすぐ隣に【一本松大明神】があります。 この場所は富雄川沿いの道路を走る車やJR大和小泉駅に向かう人たちが通る通い道です。 お地蔵さん、お稲荷さんは西垣内... 続きをみる
【小泉神社】(こいずみじんじゃ)奈良県大和郡山市小泉町 大和郡山市の【小泉神社】は境内に城門がある大変珍しい神社。 創建は500年前、明徳慶永年間(室町将軍三代~四代に亘る)にこの地方の豪族・小泉氏や片桐氏の陣屋があった地であり、小泉氏や村人の信仰の中心の守護神として現在の神域に斎き祀られたのが当... 続きをみる
奈良県生駒郡斑鳩町小吉田に【八幡神社】(やはたじんじゃ)があります。 由緒等は不明です。 隣に【清水山 吉田寺】があります。 【清水山 吉田寺】(ぼっくり寺)の創建は古く、天智天皇の勅願によると伝えられ、本堂西側には妹君・間人内親王の御陵と伝えられる清水の古墳がある。その後、平安時代末期、永延元年... 続きをみる
淨閑院の西北方に鎮座し、伊邪那美命をまつるが、由緒不詳にして旧村社である。本殿は春日造り一間社の板葺にして、玉垣をめぐらす。本殿の向って右方に境内社四社がある。 明治の明細帳によれば大神社・八幡神社・塩田神社・住吉神社・春日神社・十羅神社の六社となっている。 塩田神社は竜田川塩田橋の上流東岸の塩田... 続きをみる
奈良市街東部の手向山麓に位置します。手向山は紅葉の名所として知られ、古今和歌集では菅原道真が「このたびは幣もとりあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに」と詠んでいます。 東大寺大仏殿前の道を東に行った正面に位置し、すぐ北には東大寺法華堂(三月堂)があります。 天平勝宝元年(749年)、東大寺及び大仏を... 続きをみる
「奈良・西ノ京・斑鳩自転車道」 奈良市の高野原付近から近鉄奈良駅までつづく舗装された道👇 転害門「てんがいもん」👇 転害門 境内西北、正倉院の西側にあり、三間一戸八脚門の形式をもつ堂々とした門。 平重衡の兵火(1180年)、三好・松永の戦い(1567年)の2回の戦火にも焼け残った寺内で数少ない... 続きをみる
【西大寺八幡神社】(さいだいじはちまんじんじゃ)は、近鉄大和大和西大寺駅及び西大寺境内の西側、1キロも離れていない住宅街の一角にあります。 祭神は、「気長足姫命(おきながたらしひめのみこと)」「誉田別命 (ほんだわけのみこと)」「玉依姫命 (たまよりひめのみこと)」を祀ります。 神社は明治期に神仏... 続きをみる
朱雀門(すざくもん)は、古代、平城京や平安京といった条坊都市の宮城(大内裏)において南面する正門。大内裏の外郭十二門のうち最も重要な門であった。「しゅじゃくもん」ともいう。 唐の条坊制を模範に造営された古代都城では、中央北辺に宮殿、官衙からなる宮城が置かれた。平城京では平城宮、平安京では平安宮など... 続きをみる
皆天満宮(かいてんまんぐう)は、奈良県奈良市西ノ京町にある神社。皆天満宮は、世界遺産「薬師寺」の東の「観音池」を挟んで隣接する形で鎮座しています。 三間社切妻造銅板葺で正面は三間板扉、背面は柱間二間。江戸時代前期の建物とみられています。春日大社摂社、紀伊神社旧本殿の移しとの説があります。 住所:奈... 続きをみる
住宅の中にある小さな神社です。社殿の中にお稲荷さんがあるようですが由緒など詳細は不明です。 所在地:奈良県大和郡山市車町4−1 アクセス: 近鉄橿原線「近鉄郡山駅」から約400m。 JR関西本線「郡山駅」から約600m。 ◆近郊の神社👇
『豊臣秀長』の墓所。天正19年(1591)、郡山城内で没した秀長はここに葬られました。当初、この近くに豊臣秀吉が建てた大光院<だいこういん>という菩提寺があり、墓地を管理し菩提を弔っていました。 しかし、豊臣家が滅んだあと、大光院は京都に移され、秀長の位牌は東光寺(のちの春岳院)に託されました。 ... 続きをみる
【法起寺】(ほうきじ、ほっきじ)は、奈良県生駒郡斑鳩町岡本にある聖徳宗の寺院。古くは岡本寺、池後寺(いけじりでら)とも呼ばれた。 山号は「岡本山」(ただし、奈良時代以前創建の寺院にはもともと山号はなく、後世付したものである)。本尊は十一面観音。聖徳太子建立七大寺の一つに数えられることもあるが、寺の... 続きをみる
現在の中宮寺の場所から東へ約500m余りの中宮寺池(埋立済)付近にあり、塔、金堂跡が発見された。 聖徳太子が母、穴穂部間人皇后(あなほべのはしひとこうごう)のために建立されたとされる。太子の斑鳩宮・岡本宮・葦垣宮の中間に当たるところから中宮と称したため、中宮寺と呼ばれるようになった。 場所:奈良県... 続きをみる
【法起寺】(ほうきじ、ほっきじ)は、奈良県生駒郡斑鳩町岡本にある聖徳宗の寺院。古くは岡本寺、池後寺(いけじりでら)とも呼ばれた。 山号は「岡本山」(ただし、奈良時代以前創建の寺院にはもともと山号はなく、後世付したものである)。本尊は十一面観音。聖徳太子建立七大寺の一つに数えられることもあるが、寺の... 続きをみる
【薬園八幡神社】 (やくおんはちまんじんじゃ)大和郡山市 鳥居の横に「国史現在社薬園八幡神社」の石碑が立っています。これは『続日本紀』(巻十七)に、「天平勝宝元年(747)十一月、於南藥園新宮大甞。以因幡爲由機國。美濃爲須岐國。」とあることによります。 東大寺の大仏建立の宇佐八幡大神が多いに力を... 続きをみる
【飛鳥神社】(あすかじんじゃ)は、奈良県奈良市北京終町にある神社。一般に京終天神社、他に紅梅殿神社、平城坐飛鳥神社とも呼ばれます。 飛鳥神社の祭神である菅原道真(すがわらのみちざね)は江戸時代に京終郷と高畠村の灌漑用水の利用をめぐる水論の際、高畠村(高畑村)が将軍家に訴えたが、京終郷が菅原道真(天... 続きをみる
『復元遣唐使船』 平成30年(2018)、平城宮跡歴史公園「朱雀門ひろば」の一角、「天平うまし館」に隣接した地に、かつて遣唐使船を精巧に復元されたもの。 精巧に復元したとはいえ、当時の正確な史料は残されておらず、その規模を含めて復元された姿はあくまでも推定されたものです。 船体は全長30m、... 続きをみる
【孫太郎稲荷神社】(まごたろういなりじんじゃ) 奈良市西ノ京町 薬師寺の「鎮守社休ヶ岡八満宮」に隣接する末社【孫太郎稲荷神社】(まごたろういなりじんじゃ) は、田原藤太秀郷四代の孫藤原頼行が下野国唐沢山(栃木県佐野市)に祀った稲荷社にその濫觴を持つという。頼行後裔の足利孫太郎家綱、あるいは佐野孫太... 続きをみる
南大門を出た南に薬師寺を守護する【休ケ岡八幡宮】(やすみがおかはちまんぐう)があります。寛平年間(889~898)に大分県宇佐から現在地に勧請[かんじょう]されました。 現在の社殿は慶長8年(1603)の建物です。社殿は全体に西面し、本殿・脇殿とも小高い石積みの壇上に建っています。 社殿の西、前... 続きをみる
【天満神社】(てんまんじんじゃ)は、社伝によると正暦4年(993)の創立とされています。 本殿は、小規模な三間社流造(さんげんしゃながれづくり 間口3間の切妻造建物の正面の屋根を、流れるように延ばした神社本殿形式)の建物です。建立年代は、桁(けた)・棟木(むなぎ)・垂木(たるき)に反り増しがある... 続きをみる
●大阪府八尾市~奈良 ●往復約7時間 参拝した社寺仏閣と古墳 ・法隆寺 ・藤ノ木古墳 ・法輪寺 ・法起寺 ・甲斐神社 ・東九条天満宮(菅原神社) ・興福寺 ・五重塔 ・須佐之男神社 ・黄金塚跡 ・賣太神社(めたじんじゃ) ・豊浦八幡神社 ルート 八尾市➡柏原市(青谷)➡国道25号線 ➡王子➡斑鳩町... 続きをみる
近鉄大阪線 法善寺駅から西へ徒歩約3分のところに「壷井寺」があります。そしてそのすぐ近くに田中楠之助の碑と「鐸比古鐸比賣神社」の分社があります。一見、公園のように思えます。 御祭神は鐸比古命。鐸比古命は垂仁天皇の子です。 場所:大阪府柏原市法善寺1丁目9−6 鐸比古鐸比賣神社は、近鉄大... 続きをみる
【壺井寺】(つぼいでら)は、大阪府柏原市法善寺にある融通念仏宗の仏教寺院。山号は「護法山」。平安時代にこの地に法善寺の地名の由来とされる「法禅寺」と呼ばれた寺院があったが、天授年間(1375年~1381年)の兵火により焼失し、その後当山が再建されたと伝わっている。 大念仏寺に伝わる文書「大念仏寺四... 続きをみる
近鉄法善寺駅の西側に【東口地蔵尊】のお堂があります。堂内に「十三仏板碑」が祀られています。 十三仏板碑は全体が舟形につくられ、上端が僅かに前傾しています。 下段右の不動明王から最上段の虚空蔵菩薩が、他の地域でも良く見かけます三列四段に浮彫され「法善寺村 施主八十人」と寛文四年(1664)の年号が刻... 続きをみる
【田島神社】(たしまじんじゃ)大阪市生野区 由緒について; 古い記録は洪水などで紛失していますが、残った石灯籠などに刻まれた文言によれば、少なくとも貞享元(1684)年にはすでに神社があったことがわかります。 その頃、菅原大神を主神とし、事代主命(ことしろぬしのみこと)・八幡大神を相殿として天満宮... 続きをみる
【御幸森天神宮】(みゆきのもりてんじんぐう)は、大阪府大阪市生野区(旧摂津国東生郡猪飼野村)にある神社。 仁徳天皇、少彦名命、忍坂彦命を祀る、猪飼野村の氏神である。 御幸森天神宮のある地域は古くから猪飼野(いかいの)と呼ばれ、猪甘津(いかいのつ)と呼ばれる古代の港があったことに由来する。 猪甘津は... 続きをみる
【廣田神社】(ひろたじんじゃ)大阪府浪速区 撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめのみこと。天照大神の荒魂)を祀る。 もと天王寺の鎮守で今宮村の産土神(うぶすなのかみ)ですが創建年代は不詳です。 古い由緒を持つとともに江戸時代には廣田の杜といわれ、うっそうとした森の... 続きをみる
『毘沙門堂浪速寺』(なにわじ)は、大阪市浪速区にある東寺真言宗の寺院。 明治年間(1868年 - 1912年)に實乗和尚により創建。昭和20年(1945年)の戦災で消失し、現在の本堂は昭和25年(1950年)に再建された。 *福寅授与・開運護摩供(1月9日-11日) - 今宮戎神社の十日戎と同じ日... 続きをみる
【ビリケン神社】 大阪市浪速区 新世界で串カツの横綱などが軒を並べる商店街の一角にひっそりとあります。小さいながらも真っ赤な鳥居は遠くからでも目立ちます。ビリケンというと通天閣の展望台にある置物が有名ですが、神社にもなっています。神社の横にある案内板にはビリケン神社の由来が書かれています。 ビリケ... 続きをみる
【新世界稲荷神社】(しんせかいいなりじんじゃ)大阪市浪速区 のぼりは「稲荷大明神」となっていますが、なぜか鳥居の額には「福永大神」となっています。 この「新世界稲荷神社」は新世界誕生と同時期に京都の伏見稲荷神社から勧請され商売繁盛や新世界の繁栄を願って創建されたとの事です。戦前は通天閣の下に鎮座し... 続きをみる
お墓参りのため、天王寺区にある「一心寺」へ。 【一心寺】(いっしんじ)大阪市天王寺区 夕陽丘の一角に位置する一心寺は、文治(ぶんじ)元年(1185)、法然(ほうねん)上人が四天王寺西門の西側あたりに、草庵を結んだのが始まりとされる浄土宗の寺院。 後白河法皇もこの地で、西方に沈みゆく太陽に向かって念... 続きをみる
【大聖勝軍寺】(だいせいしょうぐんじ)大阪府八尾市 大阪府八尾市の旧奈良街道に面して建つ高野山真言宗の仏教寺院。山号は神妙椋樹山。 開基は聖徳太子、本尊は植髪太子(聖徳太子)。 聖徳太子建立三太子の一つで、叡福寺の「上の太子」、 野中寺の「中の太子」に対して、「下の太子」と呼ばれ、地元では単に「太... 続きをみる
GO TO トラベル 【奈良編】 真言律宗総本山 西大寺~野神神社~西大寺奥の院~興福寺五重塔~東大寺二月堂~五劫院~奈良町~厄除け観世音慈眼寺 / 奈良ホテル 「その5」からのつづきです👇 【五劫院】(ごこういん)は、奈良県奈良市北御門町にある華厳宗の寺院。東大寺末。山号は思惟山。 重源(ちょ... 続きをみる
この場所は西大寺の境内飛地であり、神社は西大寺の鎮守社として仁治3年(1242)叡尊によって祀られたのが始まりとされています。 この本殿は正面に階段を設けず一面に床を張る見世棚造となっており、装飾の少ない簡素な建物です。古式な要素が各所にみられ、風蝕も著しく、建立年代は室町時代の中頃と考えられま... 続きをみる
猿沢池の北西畔にある春日大社境外末社。スタバの隣りです。 鳥居のような入口の戸があり、柵で囲まれた中に小さい社殿があります。 【采女神社】は「うねめじんじゃ」と読みます。「采女」は主として天皇の食事に奉仕した下級の女官のことを言いますが、この神社は奈良時代に天皇からの寵愛がなくなったことを悲しむあ... 続きをみる
勝手神社 勝手神社とは奈良県吉野郡吉野町にある神社。祭神は『和漢三才図会』に「勝手社 祭神一座 愛鬘命」とある。また、「受鬘命」とも表記される。 現在の主祭神は天忍穂耳命とされている。大山祇命・久久能智命・木花佐久夜比咩命・苔虫命・葉野比咩命が配祀されている。 住所:奈良県吉野郡吉野町大字吉野山2... 続きをみる
天川村 奈良県中部に位置する村。キャッチフレーズは「天の国」「木の国」「川の国」。 世界遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」の主要構成要素である修験の山、大峰山があり、そのふもとには「天河大弁財天社」があります。 「天河大弁財天社」👇 天川村にオートキャンプ場があります👇 【... 続きをみる
【玉祖神社】(たまおやじんじゃ)大阪府八尾市神立 八尾市東部・高安地区(恩智地区を除く旧高安郡13ヶ村)の氏神である。高安大明神ともいう。旧社格は郷社。710年(和銅3年)、周防国の玉祖神社から分霊を勧請したもので、その際、住吉津から上陸し、恩智神社に泊まった後、現在地に祀られたとされている。天明... 続きをみる
大窪・山畑7号墳(抜塚):浄土宗来迎寺の墓地内の南側、現在地から右手に見える横穴式石室墳(ゆこあなしきせきしつ)です。トンネルのように、通りぬけることができることから、抜塚ともよばれています。 現在、残っている部分は、羨道(せんどう)といわれる石室の通路部分です。羨道の長さは8m、高さは2.2mあ... 続きをみる
【服部川八幡宮】(はっとりがわはちまんぐう)大阪府八尾市服部川6丁目312 御祭神: 誉田別令(応神天皇)、菅原道真公。 由緒:江戸時代以来、服部川村の氏神として八幡宮、八幡社といわれて崇拝されました。淀藩領高安郡寺社帳によると、当社は正八幡宮とあり、相殿に天神社を祭ります。境内に無本寺の西光寺(... 続きをみる
主祭神 素盞嗚命(すさのおのみこと)。本神社は、江戸時代初期の元和年間(17世紀 西暦1615~1624)に、丁度、尼崎城の築城と同時期に城下町として城の東に計画的に配置され造営されたもので、御本殿は「檜皮葺流造」本殿覆・拝殿は「瓦葺流造」であったものを、平成4年に今上陛下が御即位の御大典を斎行遊... 続きをみる
【柏村稲荷神社】(かしむらいなりじんじゃ)について 柏村稲荷神社の由来:古来この辺りは旧大和川が流れていましたが、度重なる洪水により附近の人々は大へんな災害を蒙るため、当時川筋にあたる今米の庄屋中甚兵衛親子二代が50年間幕府に訴えつづけ、遂に許可を得て現在の大和川に付替えられたのが、宝永元年(17... 続きをみる
【渋川神社】(しぶかわじんじゃ)は、大阪府八尾市植松町にある神社。 若江郡の式内社であり、旧社格は郷社。天忍穂耳尊、饒速日命、國狹槌尊、日高大神、菅原大神を祭神としている。創建の年月は不明。 かつて飛鳥時代に本地域を本拠地としていた物部守屋の渋河の家の跡ともいわれている。もとは旧大和川の東側の字川... 続きをみる
近鉄電車(近畿日本鉄道株式会社)は、「鉄道まつり2019」を、10月19日(土)・10月20日(日)に五位堂会場(奈良県香芝市:五位堂検修車庫)と高安会場(大阪府八尾市:高安車庫)開催しました。 また、11月2日(土)・11月3日(日)に塩浜会場(三重県四日市市:塩浜検修車庫)で開催します。 五位... 続きをみる
【八尾市ハイキング】十三街道 ~ 大道コース (近鉄信貴線・服部川駅 ~ 信貴山口駅まで): 約15Km, 約5時間(休憩含む)。 高安山へハイキングへは4つのコース(十三街道コース、立石コース、おおみちコース、恩智コース)があります。 今回は近鉄服部川駅を出発し、玉祖神社(たまおやじんじゃ)、水... 続きをみる
【八尾市ハイキング】十三街道 ~ 大道コース (近鉄信貴線・服部川駅 ~ 信貴山口駅まで): 約15Km, 約5時間(休憩含む)。 高安山へハイキングへは4つのコース(十三街道コース、立石コース、おおみちコース、恩智コース)があります。 今回は近鉄服部川駅を出発し、玉祖神社(たまおやじんじゃ)、水... 続きをみる
【八尾市ハイキング】十三街道 ~ 大道コース (近鉄信貴線・服部川駅 ~ 信貴山口駅まで): 約15Km, 約5時間(休憩含む)。 高安山へハイキングへは4つのコース(十三街道コース、立石コース、おおみちコース、恩智コース)があります。 今回は近鉄服部川駅を出発し、玉祖神社(たまおやじんじゃ)、水... 続きをみる
【大阪府八尾市内神社38社 まとめ】「26社から38社まで」2019年度(3/3) ㉖【八尾神社】(やおじんじゃ) 『延喜式神名帳』河内国若江郡の「栗栖(くるす)神社」に比定され(式内社)、社格は旧村社。旧若江郡西郷、木戸両村(現八尾市本町5丁目の北側、本町6,7丁目、東本町3丁目あたり)の氏神。... 続きをみる
箱根神社は、古来、関東総鎮守箱根大権現と尊崇されてきた名社で、交通安全・心願成就・開運厄除に御神徳の高い運開きの神様として信仰されています。 当社は、人皇第五代孝昭天皇の御代(2400有余年前)聖占上人が箱根山の駒ケ岳より、同主峰の神山を神体山としてお祀りされて以来、関東における山岳信仰の一大霊... 続きをみる
【大阪天神祭 2019年7月26日】Osaka Tenjin Festival on July 26th 2019 大阪の「天神祭」は東京・神田祭、京都・祇園祭とともに日本三大祭りの一つと言われ、毎年130万人もの人が訪れる夏の都市大祭です。 愛染祭、住吉祭とともに大阪三大夏祭りの一つとも言われて... 続きをみる
「いくたま夏祭2019」 2019年7月11日・12日に行われます。いくたま夏祭2019では獅子舞・枕太鼓・金銀神輿などが勇壮に練り歩きます。枕太鼓は前後左右に激しく揺らされ、赤い烏帽子・瓢箪模様の法被姿の男衆・願人が息を揃えて、邪気を払うとも言われる太鼓を打ち鳴らします。枕太鼓は願人の背もたれが... 続きをみる
Nanzen-ji (南禅寺 Nanzen-ji), or Zuiryusan Nanzen-ji, formerly Zenrin-ji (禅林寺 Zenrin-ji), is a Zen Buddhist temple in Kyoto, Japan. Emperor Kameyama est... 続きをみる
While in this world, you can see the both hell and paradise. Which world are you going to? The word " paradise and hell" is often heard in ... 続きをみる
【Amano Iwate Tatejinja 】 (天石立神社)in Yagyūi-cho, Nara City 【Amano Iwate Tatejinja 】 (天石立神社) is a Shinto shrine located in Iwato Valley, Yanagi-cho, Nar... 続きをみる
【Masuda-no-Iwafune / 益田岩船】Kashiwara-shi, Nara Prefecture There is a man-made object atop the mountain, with square holes made in a boulder inferred t... 続きをみる
【Iwafune Shrine】Spiritual Huge Rock Boat / Katano City, Osaka 【Iwafune Shrine】磐船神社 is a unique Shinto shrine in Osaka. The object of worship is a gia... 続きをみる
In summer, one of the most attractive things about Japanese summer is traditional summer festivals called “Matsuri” held across the... 続きをみる
A shrine is where Shinto is practiced. A temple is where Buddhism is practiced. A simple way to distinguish is if there is a guard frame, called Tori... 続きをみる
【都留彌神社】(つるみじんじゃ) 大阪府東大阪市 祭神は、速秋津日子神、速秋津比売神、推古天皇、菅原道眞。明治43年布施村足代に在った神社を現社地の鹿島時神社に合祀し都留彌神社の社名を継承した都留彌は都留美島の省略で旧大和川につるむ(交尾の意)一対の美しい島があり、これが神名となり豊漁を祈ったもの... 続きをみる
【東高津宮】(ひがしこうづぐう)大阪市天王寺区 仁徳天皇社と称していたこともあります。創建年は不詳。元は生國魂神社の南にありましたが、大阪城築城の折、当地付近(現在では大阪上本町駅構内に当たる)に遷座したとの伝説があります。 昭和7年(1932年)の上本町駅(当時)拡張工事の折、現在地に移転。現在... 続きをみる
【大龍大神】(だいりゅうじん)大阪府松原市 近鉄「高見ノ里駅」から西へ歩いて西除川沿いに【大龍大神】(だいりゅうじん)が鎮座しています。鳥居や社は新しく、近年に建立されたと思われます。由緒等は不明です。 所在地:大阪府松原市南新町2丁目
大阪府南河内郡の松原市高見の里に、小さな神社、【高見神社】 (たかみじんじゃ ) が鎮座しています。 この【高見神社】の御祭神は、地元では「シンメイさん」と呼ばれる女神さまです。その起源や由来は不明ですが、反正天皇(はんぜいてんのう)が行幸の際に出会った、一人の美少女の伝説が由来になっているようで... 続きをみる
【丹比柴籬神社】(たじひのしばがきじんじゃ)は松原市上田にある柴籬神社にはあったと伝えられています。【柴籬神社】周辺には「極殿山」「大門」「若宮」「反正山」など、都に関連する地名が近くにいくつも残っているようです。丹比柴籬宮の主は18代天皇である反正天皇と言われています。仁徳天皇が亡き後、長男の去... 続きをみる
【丹比柴籬神社】(たじひのしばがきじんじゃ)は松原市上田にある柴籬神社にはあったと伝えられています。【柴籬神社】周辺には「極殿山」「大門」「若宮」「反正山」など、都に関連する地名が近くにいくつも残っているようです。丹比柴籬宮の主は18代天皇である反正天皇と言われています。仁徳天皇が亡き後、長男の去... 続きをみる
大阪市西成区山王の急な坂のところに【黒龍大神】( こくりゅうおおかみ)が鎮座しています。 黒龍大神の由来について掲示があり、次のように書かれています。 東に天王寺台地が広がり、南に聖天山があり、高地に囲まれたこのあたりの低地に明治末期頃まで大池があり大蛇が住みつき付近の住民より池の主としてあがめ... 続きをみる
【八尾神社】(やおじんじゃ)大阪府八尾市 『延喜式神名帳』河内国若江郡の「栗栖(くるす)神社」に比定され(式内社)、社格は旧村社。旧若江郡西郷、木戸両村(現八尾市本町5丁目の北側、本町6,7丁目、東本町3丁目あたり)の氏神。近世には「牛頭天王社」と称していたが、明治維新後に『延喜式』に従って「栗栖... 続きをみる
【浅香山稲荷神社】(あさかやまいなりじんじゃ)大阪府堺市 JR浅香駅を降り、東側直ぐに浅香山城址といわれる「浅香山稲荷神社」があります。参道入り口の急な坂道を登り詰めたところがこの神社。 鳥居の横の案内板には、次のように書かれています。 昔、この辺りに住之江の浦と連なる小さな湾で、そこに小島が出来... 続きをみる
【了徳院】(りようとくいん)「福島聖天了徳院」大阪市福島区 【了徳院】(りようとくいん)は大阪市福島区にある東寺真言宗の仏教寺院。浦江聖天(うらえしょうてん)の名で親しまれている。本尊は、准胝観音。 聖天堂内陣 歓喜天(象頭人身男の荒神と十一面観音菩薩の化身である女神の抱擁する双身像)。由緒につい... 続きをみる
【了徳院】(りようとくいん)「福島聖天了徳院」大阪市福島区 【了徳院】(りようとくいん)は大阪市福島区にある東寺真言宗の仏教寺院。浦江聖天(うらえしょうてん)の名で親しまれている。本尊は、准胝観音。 聖天堂内陣 歓喜天(象頭人身男の荒神と十一面観音菩薩の化身である女神の抱擁する双身像)。由緒につい... 続きをみる
【了徳院】(りようとくいん)「福島聖天了徳院」大阪市福島区 【了徳院】(りようとくいん)は大阪市福島区にある東寺真言宗の仏教寺院。浦江聖天(うらえしょうてん)の名で親しまれている。本尊は、准胝観音。 聖天堂内陣 歓喜天(象頭人身男の荒神と十一面観音菩薩の化身である女神の抱擁する双身像)。由緒につい... 続きをみる
【了徳院】(りようとくいん)「福島聖天了徳院」大阪市福島区 【了徳院】(りようとくいん)は大阪市福島区にある東寺真言宗の仏教寺院。浦江聖天(うらえしょうてん)の名で親しまれている。本尊は、准胝観音。 聖天堂内陣 歓喜天(象頭人身男の荒神と十一面観音菩薩の化身である女神の抱擁する双身像)。由緒につい... 続きをみる
【福島天満宮】(ふくしまてんまんぐう) 俗に福島 上の天神といわれることもある。“菅公聖蹟二十五拝”の1社(第十二番目)。社伝によれば、901年に菅原道真が、藤原時平により九州大宰府へ配転させられた際、当地の里人徳次郎が旅情を慰めたことをいたく喜ばれ、この辺りを餓飢島と呼ば... 続きをみる
【敷津松之宮】(しきつまつのみや)大阪市浪速区 地元では「木津の大国さん」と呼ばれて親しまれている。主祭神は、素盞嗚尊、大国主命。摂社の「大国主神社」がよく知られており、付近の町名(浪速区大国)や駅名(大国町駅)の由来にもなっている。敷津松之宮・大国主神社との併記も見受けられるが、宗教法人としての... 続きをみる
【三輪明神】(みわみょうじん)大阪市浪速区 「大阪木津卸売市場」 大阪木津卸売市場の西側入口に鎮座します。御祭神は、大物主大神。以前は阪神高速の下にあったのを2010年に木津市場敷地内で遷座されたようです。木津市場が休みの日曜日はこの神社の門は閉まっていますのでお参りはできません。 場所:大阪府大... 続きをみる
【新世界稲荷神社】(しんせかいいなりじんじゃ)大阪市浪速区 鳥居の側にあるのぼりは「稲荷大明神」となっていますが、なぜか鳥居の額には「福永大神」となっています。 この「新世界稲荷神社」は新世界誕生と同時期に京都の伏見稲荷神社から勧請され商売繁盛や新世界の繁栄を願って創建されたとの事です。戦前は通天... 続きをみる
【鵲森宮】(かささぎもりのみや)大阪市中央区 式内社で、旧社格は府社。通称を「森之宮神社」(もりのみやじんじゃ)といい、周辺の地名である森之宮の由来となっている。 聖徳太子の両親である用明天皇・穴穂部間人皇后、および聖徳太子を主祭神として本社に祀り、奧社に天照大神・月読命・素盞嗚命を祀る。聖徳太子... 続きをみる
【祖霊社】(それいしゃ)は天阪天満宮の境外末社であり、「星合の池」のところにあります。 天暦3年(949)に天満宮が御鎮座になった時 この池水に霊光が映ったと伝承されています。天正2年(1574)の石山軍記に「天満山の北 明星の池 星合の池の間 少し北に属し 織田信長本陣を布き」と録しているから千... 続きをみる
【大阪天満宮】(おおさかてんまんぐう)は、大阪府大阪市北区に鎮座する神社(天満宮)。別名に天満天神・浪華菅廟・中島天満宮がある。大阪市民からは「天満(てんま)の天神さん」と呼ばれ親しまれている。 毎年7月24日から25日にかけて行われる天神祭は日本三大祭、大阪三大夏祭りの一つとして知られている。 ... 続きをみる
【大阪天満宮】(おおさかてんまんぐう)は、大阪府大阪市北区に鎮座する神社(天満宮)。別名に天満天神・浪華菅廟・中島天満宮がある。大阪市民からは「天満(てんま)の天神さん」と呼ばれ親しまれている。 毎年7月24日から25日にかけて行われる天神祭は日本三大祭、大阪三大夏祭りの一つとして知られている。 ... 続きをみる
【大阪天満宮】(おおさかてんまんぐう)は、大阪府大阪市北区に鎮座する神社(天満宮)。別名に天満天神・浪華菅廟・中島天満宮がある。大阪市民からは「天満(てんま)の天神さん」と呼ばれ親しまれている。 毎年7月24日から25日にかけて行われる天神祭は日本三大祭、大阪三大夏祭りの一つとして知られている。 ... 続きをみる
【松乃木大明神】(まつのきだいみょうじん) 大阪市西成区 じゃんじゃん横丁のアーケードを「飛田遊廓」の方角へ歩いていくと【松乃木大明神】(まつのきだいみょうじん)があります。明治34年(1901年)当時三味線の原料になっていた猫の供養のために立てられた神社です。この神社から歩いてすぐのところに【飛... 続きをみる
【大阪護國神社】(おおさかごこくじんじゃ)大阪市住之江区 住之江公園および住之江競艇場に隣接している。正面鳥居は大阪府で最大の鳥居である。大阪府では、明治4年(1871年)4月10日に創設された真田山陸軍墓地の敷地内に招魂社が創建されたのが最初である。しかし、招魂祭は、西南戦争後は陸軍の拠点である... 続きをみる
大阪市住吉区墨江に鎮座する 【丸山龍王 (まるやまりゅおう )・お選大明神 ( せんだいみょうじん )・お満大明神 ( みつだい みょうじん)】です。由緒等は不明です。狭い路地に加え、鳥居の付近には自転車など停めてあるので簡単に見つけることはできないと思います。横にある小さな児童公園が目印です。す... 続きをみる
【大歳神社】(おおとしじんじゃ)大阪市住吉区 祭神大歳神(オオトシガミ) 日本人は山に神が住んでいて、それが春になると里にやってきて田畑に宿り、秋に実り、冬になると山に帰っていくというサイクルを繰り返していると考えていました。そのサイクルを「一年」と呼びました。本来の大歳神は「季節の巡り」を神格化... 続きをみる
【生根神社】(いくねじんじゃ)大阪市住吉区 式内社(大社)で、旧社格は郷社。 住吉大社元摂社である。創祀年代は不詳。式内社・生根神社に比定される古社。 祭神・少彦名命は「生根神」と呼ばれることがあるらしい。活津彦根命は、天照大神と素戔嗚尊が高天原で誓約をした時、天照大神の左手に掛けられた珠から生ま... 続きをみる
【住吉大社】(すみよしたいしゃ)は、大阪府大阪市住吉区住吉にある神社。式内社(名神大社)、摂津国一宮、二十二社(中七社)の1つ。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。大阪市南部、上町台地基部西端において大阪湾の方角に西面して鎮座する。海の神である筒男三神と神功皇后を祭神とし、古くはヤマト王... 続きをみる
【楠珺社】(なんくんしゃ)大阪市住吉区 ご祭神:宇迦魂命 (うがのみたまのみこと)。境内の奥には、樹齢千年を超える楠 (くすのき) の大樹があり、江戸時代、人々は楠の神秘的な霊力に祈りを捧げていました。その後、根元に設けられていた社にお稲荷さんを祭るようになったといわれています。現在では、大阪商人... 続きをみる
住吉大社の境内の末社に【種貸社】(たねかししゃ)という社があります。ここには、縁結びのご利益で有名な神様から誕生した「倉稲魂命」(うかのみたまのみこと)が祀られています。この神様は、稲の精霊で、稲には繁殖のご利益がある穀霊が宿っていると言われています。また、ふくよかな女性が優しい顔で赤ちゃんを抱っ... 続きをみる
【浅澤社】(あさざわしゃ)大阪市住吉区 古くはこの付近は池沼も多く、杜若かきつばたの名所として万葉集にも詠まれた。平成九年(1997)には、往時を偲ばせる「杜若かきつばた園」が復活した。また、「弁天さん」と呼ばれて親しまれ、福の神・女性の作法・芸事の守護神として崇敬されている。 浅沢の杜若(かきつ... 続きをみる
【神須牟地神社】(かみすむぢじんじゃ) 大阪市住吉区 御祭神は神産霊大神(カミムスビノオオカミ)、天日鷲命(アメノヒワシノミコト)、少名彦命(スクナヒコノミコト)。 由緒:延喜式内の古社であって三の宮と称され遠く二千年昔の御創建である。住吉大社が摂津国一の宮と呼ばれたのに対し、当社が三の宮とされた... 続きをみる
【中井神社】(なかいじんじゃ)大阪市東住吉区 安産の神として知られる。 祭神:素盞嗚尊。『摂津志』に田辺東神祠は中野村にあり今は 天王と称すとあり、田辺西神祠の山阪神社と共に貞観4年(862年)11月従五位下を授かる。社頭の「中井神社略記」によると、中野村の霊泉の井戸がある神社として明治の初めに中... 続きをみる
【湯里住吉神社】(ゆざとすみよしじんじゃ)大阪市東住吉区 天神山に鎮座する須牟地神社が富田荘の氏神であったが、富田荘が分割されて河内国丹比郡に編入されたため、祭神住吉三神のうちの一座をこの地に勧請して須牟地神社と称した。住吉二の宮、湯屋島住吉などと呼ばれた。 天正・慶長年間の兵火を罹り、社殿・旧記... 続きをみる
大阪市天王寺区小橋町に【産湯稲荷神社】( うぶゆいなりじんじゃ)があります。 現地説明板には次のように書かれています。 『当社は比売許曽神社の旧社地にあり、現在は御旅所で末社となっている。 現地に掲げられていた社記によると「当地の開拓神である大小橋命(おおおばせのみこと)は天児屋根命... 続きをみる
【東高津宮】(ひがしこうづぐう)大阪市天王寺区 仁徳天皇社と称していたこともあります。創建年は不詳。元は生國魂神社の南にありましたが、大阪城築城の折、当地付近(現在では大阪上本町駅構内に当たる)に遷座したとの伝説があります。 昭和7年(1932年)の上本町駅(当時)拡張工事の折、現在地に移転。現在... 続きをみる