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【高津宮】(こうづぐう)と【谷末社】の「陰陽石」大阪市中央区(3/3)

【高津宮】(こうづぐう)と【谷末社】の「陰陽石」大阪市中央区



【高津宮】(こうづぐう)は、大阪市中央区にある神社。旧社格は府社で、戦後神社本庁の別表神社となった。難波高津宮に遷都した第16代天皇である仁徳天皇を主祭神とし、祖父の仲哀天皇、祖母の神功皇后、父の応神天皇を左座に、后の葦姫皇后と長子の履中天皇を右座に祀る。


貞観8年(866年)、勅命により難波高津宮の遺跡が探索され、その地に社殿を築いて仁徳天皇を祀ったのに始まる。天正11年(1583年)、豊臣秀吉が大坂城を築城する際、比売古曽神社の境内(現在地)に遷座し、比売古曽神社を当社の地主神として摂社とした。明治5年に府社に列格した。


昭和20年(1945年)3月の大阪大空襲によって神輿庫を残して社殿が全て焼失し、昭和36年(1961年)10月に再建された。


古典落語「高津の富」「高倉狐」「崇徳院」の舞台として知られ、古くから大坂町人の文化の中心として賑わっていた。境内の参集殿は「高津の富亭」と名づけられており、落語の寄席や文楽などが行われている。高津の富亭での寄席には五代目桂文枝一門がかかわっており、文枝最後の口演「高津の富」が演じられたのも「高津の富亭」で開かれた「くろもん寄席」である。文枝が亡くなった翌年の平成18年(2006年)3月、境内に桂文枝の石碑が建立された。


明治32年(1899年)、大阪府が仁徳天皇1500年大祭を高津宮と難波神社で行った際に記念建立した「高津宮址」が大阪府立高津高等学校(大阪市天王寺区)の構内に現存する。


この高津宮の本社裏に谷底のような薄暗い一角があります。その 谷の底に「谷末社」が祭られています。白菊社(草野姫命〈かやぬひめ〉),千年社(大市姫命〈おおいちひめ〉),常高社(大山祇命〈おおやまつみ〉)の三座です。草野姫は大山祇神の妃として多くの神を生みました。大市姫は神大市姫とも称し大山祇神の子です。市場の繁栄を司る神として信仰されています。
谷末社におりる坂の途中に【陰陽石】とよばれる怪石が祭られています。【陰陽石】は生命力や繁栄の象徴とともに豊穣祈願、繁盛祈願に効能があります。






住所:大阪府大阪市中央区高津1丁目(高津宮境内)


アクセス:地下鉄谷町線「谷町九丁目駅」から徒歩で約10分