kazu2000のブログ

神社が好きで関西を中心に廻っています。kazu1000のブログ記事が満杯になりましたので、このkazu2000より引き続き投稿致します。

【海会寺 金龍井】大阪府堺市堺区

【海会寺 金龍井】大阪府堺市堺区


15世紀頃、海会寺が「神明神社」(じんめいじんじゃ)の境内にあった頃に掘られたもの。
『ある年の夏、毎日 日照りが続いて井戸水が渇れてしまったとき海会寺の和尚が庭で佇んでいると、そこに1人の老人がやってきて「前世の咎で蛇身に生まれついた私をお救い下さい」と言いました。和尚は「念仏を一身に祈りなさい」と教えました。
すると、老人はとても喜んで「お礼に良い事をお教えしましょう。庭に鵜の羽を敷いて一夜置き、その下に白露が湧いたらそこを掘ってみてください。」と言いそのまま立ち去りました。そこで、寺男が老人の後をそっとつけて行くと、老人は一匹の大きな竜になって草むらへ消えていったとい伝えられています。その後、和尚は老人の言った通りにして地面を掘ってみると、そこから清らかな水がこんこんと湧き出てきました。その水の湧き出した跡が【金龍井】です。「神明神社」の北門の向こうにある蛇谷が"老人が竜の姿に変わって消えたところと伝えられています。』



「海会寺 金龍井」について


臨済宗東福寺派海会寺は、元弘2年(1332年)に洞院公賢(とういんきんかた)が草創し、乾峯士曇(けんぼうしどん)を招いて開山とした寺院です。


天正13年(1585年)頃までは甲斐町東にあり、その後 大東町に移転し、さらに慶長20年(1615年)の大坂夏の陣の大火以降 現在の南旅篭町東に移転しました。


海会寺金龍井(海会寺井)の名称は、海会寺が この甲斐町東付近にあった時代に掘られたこと、乾峯士曇が干ばつのときに龍神に祈ったところ、老人に化身した鬼面龍神が現れ、井戸を掘る場所を教えたという由緒があることにちなんでいます。


室町時代の記録『角虎道人文集』には、この井戸は「泉南第一の井戸」であると書かれています。また江戸時代の記録『全堺詳志』には「豆腐製造」に、同じく江戸時代の記録である『和泉志』には「茶の湯」に適した水を出す井戸であると書かれています。


このように古くから名水を産する井戸として、広く知られていたことがわかります。






住所: 大阪府堺市堺区栄橋町2-1-22


アクセス:南海本線「堺駅」 から徒歩約3分「神明神社」境内にあります。