kazu2000のブログ

神社が好きで関西を中心に廻っています。kazu1000のブログ記事が満杯になりましたので、このkazu2000より引き続き投稿致します。

【敷津松之宮】(しきつまつのみや)「大国主神社」大阪市浪速区

【敷津松之宮】(しきつまつのみや)大阪市浪速区




地元では「木津の大国さん」と呼ばれて親しまれている。主祭神は、素盞嗚尊、大国主命。摂社の「大国主神社」がよく知られており、付近の町名(浪速区大国)や駅名(大国町駅)の由来にもなっている。敷津松之宮・大国主神社との併記も見受けられるが、宗教法人としての登録名は「敷津松之宮」。神功皇后が三韓征伐より帰朝し、住吉大社から敷津の浜を航行していると、海岸に荒波が打ち寄せており、渚に松を3本植えて、ここより潮が満ちないよう祈願し、その松の下に素盞嗚尊を祀ったのが由緒とされている。1744年(延享元年)2月に神託があり、出雲大社を勧請して摂社の大国主神社が建てられた。以来、今宮戎神社と並んで大阪市街からの参拝が多い神社となり、甲子の日には大変な賑わいを見せた。また、戎橋の由来と同様に、道頓堀川に架かる大黒橋は当社への参道に由来する。大国主神社は大阪七福神めぐりの一社でもある。





所在地:大阪府大阪市浪速区敷津西1丁目2-12


アクセス:大阪市営地下鉄御堂筋線・四つ橋線 「大国町駅」から徒歩5分












【三輪明神】(みわみょうじん)大阪市浪速区 「大阪木津卸売市場」

【三輪明神】(みわみょうじん)大阪市浪速区 「大阪木津卸売市場」




大阪木津卸売市場の西側入口に鎮座します。御祭神は、大物主大神。以前は阪神高速の下にあったのを2010年に木津市場敷地内で遷座されたようです。木津市場が休みの日曜日はこの神社の門は閉まっていますのでお参りはできません。





場所:大阪府大阪市浪速区敷津東2丁目2-8(大阪木津卸売市場の西側入口)


アクセス; 阪堺電軌阪堺線・地下鉄堺筋線「恵美須町駅」から約700m。 JR大阪環状線・関西本線「今宮駅」から約800m。 南海本線・高野線「なんば駅」から約900m。







【新世界稲荷神社】(しんせかいいなりじんじゃ)大阪市浪速区

【新世界稲荷神社】(しんせかいいなりじんじゃ)大阪市浪速区



鳥居の側にあるのぼりは「稲荷大明神」となっていますが、なぜか鳥居の額には「福永大神」となっています。 この「新世界稲荷神社」は新世界誕生と同時期に京都の伏見稲荷神社から勧請され商売繁盛や新世界の繁栄を願って創建されたとの事です。戦前は通天閣の下に鎮座していたそうですが、通天閣が取り壊しになり二代目通天閣の再建と同時にこの場所へと移転されたとのこ事です。この神社ではルーレット式のおみくじが有名で、石柱に填められた石製の円板を回転させて回転が止まったら石柱の穴からおみくじを見るという仕組みです。 また、境内には「九太兵衛明神」があります。




所在地:大阪府大阪市浪速区恵美須東1-16


アクセス:地下鉄堺筋線「恵美須町駅」から徒歩約5分





【鵲森宮】(かささぎもりのみや)大阪市中央区

【鵲森宮】(かささぎもりのみや)大阪市中央区



式内社で、旧社格は府社。通称を「森之宮神社」(もりのみやじんじゃ)といい、周辺の地名である森之宮の由来となっている。
聖徳太子の両親である用明天皇・穴穂部間人皇后、および聖徳太子を主祭神として本社に祀り、奧社に天照大神・月読命・素盞嗚命を祀る。聖徳太子は物部守屋との戦いの戦勝を祈願し、勝った暁には四天王を祀ることを誓った。戦勝後の崇峻天皇2年(589年)7月、まず両親を現在地に祀って寺の鎮守とし、その森に四天王を祀る寺(元四天王寺)を創建した。四天王寺はその25年後に現在の荒陵山に移転したが、当社はそのままとされた。


『日本書紀』の推古天皇6年夏4月に、聖徳太子の命により新羅へ渡った吉士盤金(きしのいわかね)が2羽の鵲を持ち帰り、難波の杜で飼ったという記述がある。その「難波の杜」は当社の森であるとされることから「鵲の森」と呼ばれるようになり、ついには当社の社名となったと伝える。


境内に「五幸稲荷社」があります。





所在地 :大阪府大阪市中央区森之宮中央1丁目14-4


アクセス:JR環状線「森之宮」下車より玉造筋を渡りすぐ。










👇この【鵲森宮】(かささぎもりのみや)から南方向へ歩いて大阪城公園、大阪城へ行くことができます。





【祖霊社】(それいしゃ)「星合の池」大阪市北区

【祖霊社】(それいしゃ)は天阪天満宮の境外末社であり、「星合の池」のところにあります。
天暦3年(949)に天満宮が御鎮座になった時 この池水に霊光が映ったと伝承されています。天正2年(1574)の石山軍記に「天満山の北 明星の池 星合の池の間 少し北に属し 織田信長本陣を布き」と録しているから千年以上の歴史を持つ古池です。付近に七夕池・明星池・夫婦池等が明治年間まで現存していた事は 昔「難波碕」の付近に残った沼沢の名残であると思われます。昭和の初めまで池には「宇賀の社」があり、紅梅紫藤が咲きみだれ付近には歌舞伎を常打としていました。天満八千代座浪花節の国光席 吉本興業発祥となった天満花月吉川館などの寄席が隣接していた歓楽街でした。池に架かっている「星合橋」は一名「愛矯橋」とも言われています。





住所:大阪府大阪市北区天神橋2丁目5



アクセス;
・地下鉄谷町線・堺筋線「南森町駅」下車
4番出入口を出てすぐの天神橋商店街に右へ、二ツ辻目を左へ50m
・JR東西線「大阪天満宮駅」下車
JR東西線3番出入口を出てす天神橋商店街に左へ、二ツ辻目を左へ50m